東京近視クリニック 青山先生のレーシック手術

ご丁寧にありがとうございました(^_^)

ついに、東京近視クリニック青山先生のレーシック手術を受けました。
肝心の視力はどうかと言うと・・・右1.5、左1.5、大成功に終わりました。
東京近視クリニック★青山先生のレーシック手術を受けました!
感想はというと、青山先生は本当に丁寧に対応してくださいました。
患者一人ひとりにこんなに丁寧にしてくださるのか〜と思い、
恐縮してしまいます(>_<)

 

 

 

レーシック手術の感想は・・・全く痛くなかったです。
胃カメラのような苦しさも全くなかったですし、
麻酔と言っても、点眼麻酔なので、
痛いとか苦しいということはありません。
すぐに麻酔が効いてくれるので手術はとてもラクチンでした。
目の手術って大手術だと思うのですが、
とてもラクに手術を受けられて感謝しています。

 

 

 

そして、レーシックして何が良かったかと言うと
それはもちろん、遠くが見えるようになったことなのですが・・・
もう少し詳しく言いますと、
・道路の向こう側にいるお姉さんが可愛いかどうかすぐに判別できること
・裸眼で遠くの景色・標識が見えること
・スポーツをする時、裸眼で良いこと
・向こうで手を振っている人が誰に手を振っているのか分かること
(→目が悪かった頃、自分に手を振ってるのかと思ったら、私ではなかったことがありまして・・・)、
・夏の暑い日に汗がしたたり落ちてくる時にメガネをしなくて良いこと
・外出時、荷物が減ること(メガネケースを持たなくて良いだけでもありがたいです)
ですね!

 

 

 

私はレーシックの存在を知って以来
レーシックって怖い手術なのかな?
本当に大丈夫なのかな?と思っていたので、
1年半もの間、レーシックの体験談や
口コミ、評判サイト、ブログなどをたくさん読みました。
その中で青山勝先生の存在を知りました。

 

 

青山先生がナチュラルビジョン高輪や銀座近視クリニックにいらした時、
ナチュラルビジョンと銀座近視クリニックに問い合わせしてみたりもしました。
けれど、なかなかレーシックを受ける決意ができなくて
のびのびになりましたが、ついに手術を受けることにしたのです。

 

 

もう長いことレーシックのことを調べていて
青山先生の評判を私は知っていましたから、
青山先生の執刀をぜひ受けたいと思っておりました。
それに加え、東京近視クリニックに問い合わせをした時、
スタッフの方はとても丁寧に質問に答えてくださいました。

 

 

青山先生の評判と東京近視クリニックのスタッフの方の
丁寧さで、私は東京近視クリニックに決めました。
(私が行った東京近視クリニックは新宿院ですが
大阪梅田にもあります。)

 

 

私が受けたのは、
プラチナイントラレーシックアドバンスプラス(18.8万円)
快速レーシックプログラム+痛み緩和プログラムです。

 

 

プラチナイントラレーシックアドバンスプラスにした理由は
痛くなく、オーソドックスな手術方法の中で一番高い手術だったからです。
適応検査の診断の時に先生に相談して
プラチナイントラレーシックアドバンスプラスで全く問題ないという説明をいただいたこともあります。
プラチナラゼックもありましたが、ラゼックは角膜が薄い人や
格闘技をやる人用で、手術後に痛みがあるようだったので
イントラレーシックにしました。

 

 

 

快速レーシックプログラムは1万円別途かかりますが、
1日で適応検査と手術をやってしまうプログラムです。
私の家は、日帰りできる距離ではあるのですが
ちょっと遠いので1日でやれちゃうコースにしたわけです。

 

 

 

痛み緩和プログラムも、1万円かかりますが
とにかく痛くないようにしたかったので、つけました。
つけなかったらどうだったかは分かりませんが、
とにかく安心したかったので、つけました。
私は弱虫なので・・・

 

 

 

では、どんな風に私がイントラレーシックを受ける至ったか、
手術の様子をブログ日記のように書いていこうと思います。

 

 

 

近眼の生活

 

私は、手術を受けた時37歳でした(2011年8月)。
昔から視力が良くなかったので、メガネをしていました。
32歳くらいまではコンタクトも使っていましたが
コンタクトは洗わないといけないし、
目の中がゴロゴロして不快感がありました。
しかし、スポーツをする時は、めがねだと汗をぬぐえないし
メガネが落ちると踏んで大変なことになるので
コンタクトをしていました。

 

 

コンタクトは1dayアキュビューを使っていましたが
毎回捨てるともったいないので
スポーツをする時だけつけて、
スポーツが終わったら外し、
保存液の中に入れてまた次回使ったりしていました。

 

 

不衛生だし、保存液を用意しておいたりするのが大変なので、
32歳頃にコンタクトを使うのを止めました。

 

 

メガネをかけながらスポーツすると
思い切り動けないし、いつもメガネを気にするし、
メガネは邪魔だなあと思っていました。

 

 

そんなことを思っているうちに、めがねをかけてスポーツすることが
だんだん億劫になっていきました。
そしてだんだん運動をしなくなり、
これはやばいなあと思いながら毎日を過ごしていました。

 

 

 

レーシックの存在を知る

 

レーシックという存在を知ったのが、32歳の時(レーシック手術をする5年前)。
友達がレーシックを受けたと言ってたのを聞きました。
「俺も職場の先輩に教えてもらって、レーシックを受けたんだけど、
何にも問題ないぞ。お前も受ければ?」
と勧められました。

 

 

ですが、そこまで必要性を感じていなかったし、
私は近眼といっても、0.2くらいあったので
ド近眼というわけではなく、目を細めれば一応、文字が見えたので
レーシックにすがりたいという気はなかったのです。

 

 

その友達は、近眼に加え乱視が入っていて、
車の運転をよくする人でした。
コンタクトを「片方なくした」とか言って
片眼だけコンタクトを入れて、
車の運転をしたりしていたほどだったので
レーシックしちゃったんだと思います。
松坂投手がレーシックをする前は、
レーシックはまだメジャーな視力回復方法ではありませんでした。
彼はまだレーシックが世の中に知れ渡っていない時にレーシックするほどだったので
目が見えないことがよっぽど不便だったのでしょう。

 

 

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